短編集『春夢-ハルユメ-』前編前書きどうも皆さん、始めましてorお久しぶりです。兎に角私は0Zです。 えっと今回は久しぶりの短編と言う事で、これは全くの思い付き作品です。 暇なときに、性欲をもてあまして悶々と妄想をしていた時にちょっとそこにストーリー性を付け足して・・・ といった感じです。まぁたいていは妄想から生まれるのですが・・・ そのためちょっと非現実的なものが多いのですがね。今回は・・・どうなんでしょ? 兎に角、まぁ軽いキャラクター紹介の後本編へ入りますかね? 「真田 和人(さなだ かずと)」19歳、♂ 将来獣医を目指す大学生。学校が家から近いので自宅通いなのだが、親は動物嫌い。 そのため何かと不便な思いをしている所もある。 「春菜」(はるな)?歳、♀ 道端で倒れていた謎の少女。 「真田 寛子(さなだ ひろこ)」45歳、♀ 年齢の割には若く見える若作りもとい若い、和人の母親。 動物嫌いなのだが、息子のやりたい事はやらせると言った姿勢を見せる。 「真田 隆明(さなだ たかあき)」47歳、♂ 見た目は普通だが中身は若い、和人の父親。 彼はこれと言って動物嫌いと言う訳でもなく、和人の夢を応援している。 それではどうぞ~ 私はこのままだと彼に愛してもらえない。私がこの体である限り、私が今のままである限り・・・ 私はこんなにも彼を愛しているのに、彼に愛してもらえる事は、きっと、ずっと、ない。 だから私は願った。彼に愛してもらえるように。彼に愛される私になれる様に。そんな叶わない夢を。だってまた逢えるかどうかも分からないのに。 想いだけが大きく膨れ上がり私を内から圧迫していく。息苦しくなって私は段々と意識が遠退いていくのを感じた。 どうか、どうか、次に目覚める時には彼がいますように・・・ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 季節は廻り再び春がやってきた。今の生活の2回目の春。俺にとって勝負の春。 俺、真田和人は19歳の大学生だ。学科は動物看護、まぁ簡単に言えば獣医を養成すると言った所か?と言うか俺はそのつもりでここに来た訳だ。 ウチの学校はなかなかに名門校でかなり厳しい部類に入る。先程も言った通り今年からが勝負なのだ。ウチの学校が厳しい理由の一つがそこにある。 1年目は基本的知識のみの勉強。そして2年目にしてからようやく直に動物に触れる事が出来るようになるのだ。 周りでは早い内から触れておいた方が勉強になるのでは無いかと言う意見もあるが、「命を携わる仕事なのだからそう簡単に命に触れる事は許されない」 とか何とか言って兎に角禁じられている。まぁ確かに大した知識も無しにそういった事に携わるのは良くは無いと思う。 俺はその1年を無事終了し、今ようやくその命に触れる事が出来るようになったのだ。 しかし何もそこまでする必要も無いかと思う事もあるかもしれない。例えば家で動物を飼って簡単な実習程度は可能な筈なのだ。 しかし我が家の事情ではそうも行かない。何故ならウチの母親は動物嫌いなのだ。 まぁ俺の夢を否定しないだけマシだろうか?しかし動物嫌いなのに変わりは無い。我が家への動物持込は一切禁止である。 「よし!やるぞ!!」一人道端を歩きながら気合を入れる。春真っ盛り、ひらひらと静かに舞う桜の花びらも俺を応援しているようだ。 半ばうきうき気分で俺は桜並木を家へと向かう。「ん?」ふと俺の視界に白い物が入り込んだ――― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ただいま~」「お帰り。」もう脳味噌がふらふらだ。ついでに体もくたくただ。春になってから一気に今までになかった実践を踏むのでかなりハードなのだ。 言葉の通じない(曰く心を通じ合わせるのだとか)相手の世話をするとなると結構な労力を消費する。確かに嫌いじゃないけど「疲れるな~」くたっとベッドに倒れこむ。 それでも、途中で投げ出すつもりは勿論無い。何としても夢を掴み取ってみせる!ぐっと掲げた手を握り締め、拳に自分の夢を誓う。 「和~」「ん~~?」こんこんと部屋のドアがノックされ母さんに名前を呼ばれた。「何?」ドアを開け顔を覗かせる。「はい、御遣い行って来て?」「・・・俺は子供か?」 「まだまだ子供じゃない。」「もう19だって。」「あら、未成年じゃない。」「ぐっ・・・」誰だよ20歳から大人って決めた奴・・・ それまで子供である日突然大人なんて絶対おかしいだろ?現在の日本のあり方に断固講義する!が 「行ってきます・・・」結局日本へはおろか母親へもまともに講義出来ずに結局こうして買い物に借り出されている訳だ・・・虚しい19歳である。 とぼとぼと目的の店へと歩を進める。夕飯のおかずの買出しだろうか?時間的にはまだ余裕あるし、少しゆっくりしても大丈夫か? ふと目に入った公園がとても懐かしく見えた。今の時間子供が遊んでいても良いだろうに、何故か人は一人も居ない。廃れてるな・・・ 心の中の童心が妙な誘いをけしかけて来るが流石にそれはまずいだろうと振り払い公園を通り過ぎる。予定変更、さっさと帰って寝よう。 疲れの溜まった体に鞭打って少し早歩き程度のスピードで一気に町を歩き抜ける。目的のブツを無事購入し、さっさと帰路へつく。 「この材料だと・・・今夜はカレーか?」肉にジャガイモに人参、あぁ肉じゃがと言う手もあるな。どっちにせよこれ程まで材料が足りてないのなら別のにしろと言った感じだ。 兎に角、ちゃっちゃっと帰ろう。帰って部屋で寝て、起きた時にスパイシーな香りがしたらカレーだ。違ったら肉じゃがだ。それで良いじゃないか。 何が良いのか分からないがとりあえず何故か自分を納得させるとすたすたと歩き出す。何事も無く家に辿り着くと買い物袋を手渡し部屋へと直行する。 そのままベッドへとダイヴし布団をかぶるとめくるめく甘美な睡眠の世界へと誘われる。そのまま一気に意識は落ちていった・・・ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 桜の花は相変わらず綺麗に咲き誇っている。しかしそれももう少しすれば散ってしまうだろう。それ程までに桜と言う物は儚い。 まぁつまり何が言いたいかというと、月日が経つのは早いと言う事だ。忙しさもあいまってここ最近は時が経つのが非常に早い気がする。 しかし今日は金曜日。明日明後日と一応は休む事ができる。んーと伸びを一つして疲れた体を解す。 ちろちろと雪のように少量舞い散る桜を体に受けながら並木を抜けると角を曲がる。辺りは少し夕時に近付きはじめ薄っすらと暗くなり始めている。 「ん?」俺はほのかに暗くなりだしたその道の先に何かを見たような気がして目を凝らしてその先を見つめる。何か、大きな黒い影・・・ 横になってる、倒れてるのか?ゆっくりと近づくとそのだんだんとその正体がはっきりしていく。「えぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇゑゑ!?」思わず叫び声をあげてしまった。 そこには、女の子が、倒れていた!しかも何故か全裸で!!「こ、これは・・・」所謂暴力じゃない方の暴行事件か?しかし、まぁじっくり見たわけではないがそういう形跡は見当たらない。 じゃあ何でまた、春とは言え裸は寒いだろうに・・・兎に角倒れてる女の子を放っておくわけにも・・・いかないよな。極力見ないように近付くとぱっと着ていた上着をかぶせた。 とりあえず被せたものの向きがちぐはぐなためこのままでは着る事はできない。ゆっくりと上体を持ち上げると素早く服を正しい位置へと持っていき袖を通させる。 前を押さえてボタンを一つ一つ留めていく。途中柔らかいハプニングもあったが何とか作業は無事終了。ふぅと掻いてもいない額の汗を拭う。 下は自分脱ぐわけにはいかないし、上着のサイズが大きかったためそのままでもぎりぎり隠れるだろうという事で良いだろう。と思ったが前言撤回! この子をどうにかするには、自分で歩けないのだから抱くしかあるまい。つまり・・・それじゃ所謂モロミエじゃないですか。あぁこんな場面誰かに見られたら俺、通報されるかな? 段々と恐怖がこみ上げてくる。こんな事で人生を棒に振るなんて・・・逃げるか?でも俺の服着せちゃったし・・・じゃあ脱がせてから逃げるか? それこそそんな所を見られたら間違いなく一発110番だ。さぁどうしたものか・・・この子が目を覚ましてくれれば、それもそれでまずいか? 女の子の顔をじっと見つめてみる。全く起きる気配は無く瞳を硬く閉じたままだ。しかし・・・「結構可愛いかも。」少し幼さを残しているものの、整った顔立ちでかなりの美形だ。 それでいて、体はなかなか・・・いやいや、ぷるぷると顔を振ってプレイバックモードの思考を振り払う。兎に角このままこうしていても危険になる可能性が上がるだけだ。 「よし!」ぐっと背中と膝に手を回しお姫様抱っこの要領で持ち上げる。ぐっと脚に力を入れて立ち上がると予想以上にその子は軽かった。 出来るだけ、見えないように配慮しながらダッシュで家へと向かう。さっきからずっと目の前で何かが揺れているが気にしないでおこう。 何とか誰にも見つからずに家に着くことが出来た。もしかしてこの町あんまり人居ないんじゃないだろうか?そんな淡い疑問を抱きつつゆっくりと女の子を降ろすと気乗りしない手を上げて玄関を叩く。 「母さん、開けて。」この一言によって一体何が起こるのか想像もしたくないが、とりあえずそうしなければ家に入れないので意を決し、しかし妙に変な声を出す。 暫くするとパタパタとやって来てドアが開いた。「鍵も開いてるのに、自分で開けなさ・・・」俺の顔、下、隣、下と視線が流れる。「人違いじゃないでしょうか?」バタン 「ちょ、ちょっと待って母さん!」そりゃこの状況を見ればなんてリアクションをとれば良いのか分からなくもなるだろうが、だからって俺は家を追われるのか? 何とか脚を引っ掛ける事に成功し狭い隙間から母さんと顔を合わせる。「待ってじゃないわよ和、犯罪を犯すような人は家には居ません。」 「そんな奴今も昔も居ないって。何もしてないよ。大体犯罪してたとして家に連れてくるわけないだろ?」 何とか分かってもらうために大分必死にアピールする。「犯罪じゃなきゃなんでそんな薄着で、つーか和の服1枚だけ着て女の子が寝てるわけ?」 「いや、良く分からないけど、倒れてたんだ。この子が。」「裸で?」「・・・裸で。」「それで連れ込んで良からぬ事をしようと・・・」「もっと息子を信じろよ!?普通に放っておけないだろ?」 「それで恩を売って無理矢理―――」「あのね・・・」我が母ながらなんとまぁそこまで破廉恥な妄想が出来るのかと頭を捻ってしまう。 「それとも、母さんは道端で倒れてたこの子を見捨てるほど白状なのか?」「別にそう言う訳じゃないけど・・・」「じゃあ一晩ぐらい面倒見てやってくれよ。この子が起きて帰る家が分かるまででも良い。」 「やけに熱心じゃない。最近アンタ動物の事ばっかりだったから、人間に興味なくしたかと思ったわ。」「だから軽口は良いって。兎に角そろそろ入れてくれよ。今の季節まだ寒いんだしさ。」 「まぁあんたはいいけどその子が寒いだろうからね。」「別にそれでもいいよ・・・」いい加減うんざりして来たので適当に流してようやく帰宅に成功した。 女の子を抱えながらリビングへと向かう。途中起きないかと気を配りながら歩くも相変わらず起きる気配は無く逆に意識してしまうばかりだった。 とりあえず、服着せないとな・・・と言ってもウチには年頃の女の子が着るような服なんてないし・・・母さんの服、はちょっとな。 ゆっくりと床に寝そべらせて俺は服を探しに自室へと向かう。あぁまたこれで何か罵られるんだろうな・・・少し鬱な気分になりながらも出来るだけ女の子でも着れそうな服を選ぶ。 「和が拾ってきたんだから自分で面倒見なさいよー」「そんな犬や猫じゃないんだから・・・」「動物だったらそれ以前に入れないわよ。」「そりゃご尤も・・・」 まぁ言い方こそちょっときついが、いちいちちょっかい出される心配も無くなった事だし、きっとそう言う事だろう。何だかんだ言ってやっぱり優しいじゃんか。 とりあえず母さんの干渉から解放され、服を着替えさせる事にする。極力見ないようにしながら先程まで着せていた上着を脱がせパーカーを着せる。 次にズボンを履かせに掛かる。極力上のほうを見ないようにして両足に通すとあとは目を瞑って一気にたくし上げる。サイズが合わずすぐにずり落ちてしまうのでベルトをきつくない程度に締めて完成だ。 これで目のやり場には困らないだろう。しかしこの子・・・何時まで寝てるんだろう?そろそろ夕飯時だし、良い臭いを嗅いだら起きるかもな。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 結局女の子が起きる事は無く、母さんは折角作ったのにと余った一人分の料理にラップをかけていた。やっぱり何だかんだ言って気にしてるんじゃないか。 まぁそんな事はさて置き、本当に起きないな・・・もしかして頭とか打ってるんじゃないだろうかと今になって心配になってくる。 が軽くさすってみるもののコブなども無く恐らく大丈夫だろう。なら一体なんなのだろうか?夜もなかなか良い時間になってきた。 一応自分で一晩くらいはとは言ったものの、まさか本当にこのままでは一泊してしまう勢いだ。いや寧ろ今更起きても時間が時間だ、どちらにせよ泊まる事になるだろう。 「母さん、布団どこだっけ?」「そんなもの無いわよ。」「はぁ!?じゃあこの子どうするんだよ?」「和のベッド貸すぐらいの根性見せなさいよ。」「別にベッド貸すのに根性は要らないけど・・・マジで?」 「しようがないでしょ?無いんだから。」「ったく、分かったよ。」ゆっくりと女の子を抱き上げると自室へと連れて行く。後ろで父さんがなにやら言っていたが母さんが静止したらしく何を言ったかは聞き取れなかった。 ゆっくりとベッドに寝かせると布団を被せる。すやすやと穏やかな寝顔が何とも可愛らしい。ちょっとぐらい良いか?そっと頭を撫でてやる。 すると一瞬表情がくすぐったそうに綻んだ気がした。「さてと。」得にする事もないし、俺も寝るかな?ちらりと時計を見ると時刻はまだ9時を回って数分も経っていない。 こんな時間に寝るのは久しぶりだったが、まぁそう言う時もあっても良いだろう。ごろんと固い床に寝転がる。ゆっくりと瞳を閉じて今日起こった出来事を反復整理する。 道端で何故か裸で倒れていた女の子。ずっと目を覚まさず住所はおろか名前も分からない。「って!」ここで更なる問題に気付く。 明日明後日と休日じゃないか!平日なら母さんに任せられるだろうが、休日で暇となると絶対に俺が世話を見なければならない。まぁ自分で面倒見ろとは言われたが・・・ 参ったな、何時起きるか分からないし・・・付きっ切りってことも有り得るぞ。まぁでも、別に良いか。 一人気持ち悪くにやけながらだんだんと意識が落ちていった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 翌日。体が痛い。固い床で寝ていたのだから当然と言えば当然か。上体を起こし体を捻るとぼきぼきと骨が豪快に鳴った。 そのまま体を捻りベッドに目をやる。そこには相変わらず眠ったままの女の子が居た。まだ起きないのかな?それともまだ朝だし、実は睡眠時間がすごい長いのかもしれない。 兎に角俺は立ち上がるとリビングへと向かう。適当に挨拶を済まし朝食を採る。母さんが女の子の様子を尋ねるが進展が無いのでなんとも言いようが無い。 母さんは少し心配そうな顔をしながらもまた一人分の朝食を置いておくと言って仕事の準備を始めた。家は共働きで午前は家に誰も居なくなる。 まぁ今日は俺が休みなので俺が居るのだが、つまり今日はこの子と二人っきりの午前を過ごすと言うわけだ。いやぁ何とも有意義なこった・・・ 父さんはもう仕事に行ったらしく家にはぱたぱたと慌しく準備をする母さんとこれからどうするか頭を抱える俺と何も知らずに寝ている女の子しか居ない。 一体どんな構図だこれは?そんな事を考えているうちに母さんは仕事に行く時間になりなにやら俺に妙な事を言いながら出かけていった。「変な事しないっての。」 しかしずっと寝たままで、昼は知らないが確実に昨日の夜から何も食べていないのだから体に悪いのではないだろうか?となると無理にでも起こして食べさせた方がいいのかな? そもそも起きるのを待ってるより最初から起こした方が早かったのではないだろうか?部屋に戻り女の子の元へと歩み寄る。しかしまぁこれ程にまですやすやと寝られるとやはり起こし辛いな。 結局起こすか起こすまいかと暫く寝顔を見たまま時を過ごしていると、「ん・・・」微かに女の子のうめきが聞こえ暖かい吐息が頬に掛かった。 「起きたかい?」女の子の方も状況が飲めないだろうから驚かせないように出来るだけ優しく声をかける。「んん~~」ようやくちゃんと意識も覚醒したようで体をもそもそと動かし解しているようだ。 「お~い?」なんだか完全に無視されている気がするので女の子の目の前で手をぷらぷらと振って見せる。「はい?―――きゃっ!!」 情けない返事をしたかと思ったらいきなり悲鳴を上げて布団に潜り込んでしまった。一体なんなんだ?「どうして・・・」布団の中からくぐもった声が微かに聞こえてくる。 「あ、あのさ・・・」やっぱり混乱しているようだ。説明をしようと声をかけるとややあってから布団から顔を出すがその顔は何故か真っ赤に染まっていた。 「君、何があったか覚えてる?」「・・・はい?」女の子はしどろもどろにぽそっと呟く様に答えた。「君、道端で倒れてたんだよ。その・・・服も着ないで。」 ちょっと恥ずかしくなり後半は顔を背けてしまう。すると女の子は勢い良く上体を起こし自分の体をなにやらじろじろと見ている。 「あ、その服は俺のなんだけど・・・」「あ、はい・・・」しかし空返事といった感じで自分の体をぺたぺたと触ったりしてまるで自分の体を確認しているようだった。 その様があまりに大胆で一部目を当てられない部分もあったりしたが・・・「で、何か覚えてないの?」「・・・いえ、何も。」「それじゃあ家とかは?」 「その・・・ありません。」女の子は悲しそうに言った。しかし「ありませんじゃなくて分かりませんじゃ無いの?」「ああっ!はい・・・そうです。」何故か慌てたように俺に言われたとおりに訂正する。 しかし参ったな。どうやら家がどこか分からないらしい・・・「それじゃあ名前は?」家が思い出せないとなると、最悪の事態に備えて心を落ち着かせる。 「えっと・・・は、春菜です。」「ぇ・・・春菜?」「・・・はい。」「そっか・・・春菜、かぁ。分かった。俺は和人。」ちょっと驚いたがそんな事は気にせず、彼女が名前だけでも覚えていた事に ほっとしながら自己紹介を済ませそっと手を差し出す。しかし春菜はその差し出された俺の手を不思議そうにじっと眺めている。「えっと・・・」「はい?」 「握手。これからよろしくって。」「あく、しゅ?」春菜はいっそう頭に?マークを浮かべ俺の手を見つめる。「じゃあとりあえず手を出して。」「・・・はい。」 春菜は俺に言われるままにおずおずと手を差し出す。俺はその手を握って軽く上下に振る。「宜しくな、春菜。」すると春菜は目を白黒させてあわあわと慌てている。 「ほら・・・」「あ、はい。宜しくお願いします、和人さん。」春菜は消え入りそうな声で言った。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 無事目が覚めたという事でリビングへと向かう。春菜は目覚めたばかりで上手く歩けないのか多少よろつきながらもすぐにしっかりと歩けるようになった。そしてテーブルに着かせ 少し遅い朝食を食べさせるとそれから暫く本当に何も覚えていないのか訊ねてみた。しかし春菜は「分かりません」だとか声を濁してばかりだった。 「参ったな・・・そうなると警察に訊ねるしかないな。」「警察、ですか?」警察と聞くと春菜は心配そうな表情を見せる。「別に警察って怖い物じゃないって。」 「そうなんですか?」春菜は間の抜けた返事をする。暫く会話をして分かったのだが、春菜は大分物を忘れているようだ。こりゃ本当に頭打ってるんじゃないだろうな? 「まぁ届けも出てるかもしれないし、警察行くのが一番だと思うよ。」「あの・・・」「ん?」「私、和人さんと一緒がいいです・・・」「っ!」 油断したところにいきなりこんな言葉を言われて俺は血が一気に顔に上がってくるのを感じた。女の子にこんな事言われたの初めてだ。 「駄目、ですか?」俺が黙っていると春菜は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。「いや、駄目じゃないけど・・・」こんな事を言われて駄目だなどと言えるだろうか? 「本当ですか?良かったぁ。」すると春菜はほっと胸を撫で下ろす。俺と一緒で何がそこまで嬉しいんだか・・・それとも今知っている人が俺しか居ないから拠り所がなくて不安なだけだろうか? まぁきっとそうだろう。今までそんなモテた事無いし・・・って自分で言ってて悲しくなるが。「じゃあこれからどうしようか?君の両親も心配してるだろうし・・・」 「それは多分、無いですよ・・・」しかし春菜は悲しげにそれを否定した。「どうして?子供を心配しない親なんて居ないだろ?」「それは・・・」 すると春菜は黙り込んでしまう。もしかして、春菜は記憶が無いのではなくて詳しくいえない事情があるのではないだろうか?例えば家で暴力をふるわれて家出をしてきたとか、 いや、それにしては傷とかも無かったしな。でも暴力が無いとしても家庭が上手くいっていないと言うのはあるかもしれない。だとしたら俺は何と酷い事をしてしまったのだろう。 相手の事情も知らずに自分の観念を押し付けているだけじゃないか。「分かった、あんまり詳しい事は聞かないよ。兎に角行く所が無いんだろ?」「はい・・・」 「じゃあ暫くは家に居てもいいよ多分。母さんも何だかんだ言って優しい人だし。」「和人さんのお母さん・・・?」母さんの名前を出すと何故か春菜は表情を硬くさせる。 母親との間で何かあったとかかな?「でも参ったな、帰る家が無いとなると・・・思った以上に長引きそうだぞ。」聞こえないように小さくもらす。まぁ悪い気は、しないけど。 ちらりと目を配ると視線に気付いたのか春菜がこちらを大きな瞳で見つめてきた。恥ずかしくなって目を逸らしてしまったが、何故かそこに妙な既視感を覚えた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 夜、4人で食卓を囲む。今晩のメニューはカレーだ。ちなみにこの前の時のメニューは肉じゃがだった。ふと見ると春菜は辛いのが苦手なのかあまり食が進んでいない。 「大丈夫か?」「いえ、ちょっと舌に・・・」そう言ってひーと目をつぶって舌を出した。「ごめんね、ちょっと辛かったかしら?」母さんが心配そうに春菜に訊ねた。 「あ・・・大丈夫です。」春菜はおずおずと恐縮したように控えめに答えた。春菜が目が覚めたと知って妙に張り切ってこんなに大量のカレーを作ってしまったものの、当の春菜があまり食べていない。 目の前には既に4人分が減っているのに満タンかのように鍋が満たされている。「これどうやって処理するんだよ・・・」「処理なんて失礼ね。」「父さん食べる?」「いや流石に・・・」 ウチの父さんは普通のサラリーマンで肉体労働と言う訳ではないのでそれ程の摂取を必要とはしていない。ここ数日はカレーかも・・・ 食事を終えると風呂に入る。俺があがると母さんが春菜に入るよう促す。春菜はおずおずと困ったように視線を泳がせる。「入っとけよ。昨日は入ってないだろ?」 「はい・・・あの。」そこで顔を朱に染めながら俺に耳打ちをしてくる。「なッ!一人で入れ。」かなりの大胆ワードを一蹴すると春菜はしゅんとしながら風呂場へと向かっていった。 暫くして何か風呂場から物凄い音が聞こえてきたりもして心配を誘ったが無事に春菜が頭からホカホカと湯気を上げながらあがってきた。 服装はどこから引っ張り出してきたのか、ちゃんと女の子が着ても良さそうな薄手の寝巻きだった。長い黒髪をしっとりと濡らし熱で顔を赤く染める春菜はとても可愛らしく見えた。 「俺もう部屋行くわ。」なんだかそんな事を考える自分が恥ずかしくなって早々に部屋へと退散する。しかし「あっ、私も行きます。」てこてこと後をついて来る。 って、それじゃあかえってまずいじゃないか。決して広くない俺の部屋と言う密室空間に若い男女が二人きり・・・良からぬ事を想像してしまう。いかんいかん! ぷるぷると頭を振ってそんな考えを払拭する。とりあえずする事も無いのでベッドに腰掛けてボーっとする。何とも時間を浪費している気がするが・・・ 「あのぅ。」などと思っていると春菜が俺に申し訳なさそうに訊ねてくる。「ん、何?」「その、和人さんは何をしている人なんですか?」「俺?別にフツーの大学生だよ。」 「大学、ですか?」「そう、勉強するところ。まぁ俺のはちょっと特殊かな?俺、獣医になりたいんだ。それでそう言う学校に通ってるんだ。」「獣医ですか?」 「そう、動物のお医者さん。動物の命を救う仕事なんだ。俺小さい頃から動物が好きでさ。もう昔っから獣医になるって決めてたんだ。」「素敵ですね。そう言う夢があって。」 「でもさ、母さんが動物嫌いなんだよ、極度の。この前も道で犬を拾ったんだ。小さくて白さい犬だった。桜並木の所で覚束ない足取りで歩いてたんだ。それで放って置けなくて・・・ でも母さんに見つかって仕方なく返してきたんだけど・・・悪い事したよな。あの子、ちゃんと元気でやってると良いんだけど・・・」「きっと。」「ん?」「きっと元気でやってますよ。その子犬も。」 「そう・・・だと良いんだけどな。」「それにきっと和人さんに感謝してると思いますよ。だってその子は和人さんが助けないと助からなかったかもしれないじゃないですか?」 「だけど、結局俺は何も出来なかったんだ。」「そんな事無いですよ。」「そうかな、まぁそう言って貰えると少しは救われる気分だな。」「そうですよ、気に病む事はありませんよ。」 「そうだな。」「あの・・・それともう一つ良いですか?」そう言えば俺は春菜に質問されてたんだっけ。何かちょっと喋り過ぎたかな?「ん?あぁ何?」 「えっと、和人さんはその・・・彼女とかいるんですか?」「ぶふっ!?」全くの予想外の質問に思わず吹いてしまった。「あの・・・」 「あぁ、いや・・・いないけど。」「そうですか・・・よかったぁ!」「ぇ?」良かったって・・・どう言う事だろう?いや、本当は分かっている筈だ、そう言う事だって。 「あ、その・・・春菜は彼氏とかって、思い出せるか?」「そんな人いないですよ。」「そっか・・・」なんだか会話が続かない。こんな状況をに慣れていない俺は何を言えばいいのか分からない。 「和人さん。」「何?」「私、今が一番幸せです。」「っ!?」顔を朱に染めて春菜が言うが恐らく俺はそれ以上に赤かっただろう。なにせまるでそれは恋人同士の台詞のようだったから。 でも何故かその台詞の裏に悲しみも込められている様な気がした。「自分の家が分からないのに?」「はい、それ以上に大事な物に逢えましたから。」そう言って俺の眼をじっと見つめてくる。 そんないくらなんでも、昨日今日あったばかりの人間をここまで好きになったりするのだろうか?まぁ、確かに俺も春菜の事は可愛いと思う。でもきっとそこまでの好きとはきっと違う。 「何でそこまで・・・」「嬉しかったんです。私を優しく抱きかかえて必死に走ってくれて・・・とっても暖かかったです。それにとっても優しくしてもらいましたし。 誰かにあんなに優しくしてもらったの、初めてだったんです。」 春菜は心の中の綺麗な思い出を語るように話した。「・・・言ってる意味が分からないよ。あの時君は寝ていただろ?それに優しくも何も俺は何もしちゃいない。」 「そう言う細かい事は気にしないで下さい。」「細かい事って・・・」どう考えてもそれは何かをはぐらかしている様に思えた。 「私は私です。だから・・・今の私を見てください。今あなたの目の前に居る私を。」春菜は今にも泣き出しそうな表情でぽつぽつと言葉を紡ぐ。 「春、菜・・・?」なんだかその時の彼女の姿がとても小さく儚く見え、思わずその小さな肩を抱きしめた。小刻みに震えるその体は温かく、とくとくとくとくと鼓動が高鳴っていた。 「とりあえず今日はもう寝よう?」「・・・はい。」春菜をベッドに寝かしつけると自分は床にごろんと転がる。かちんと電気を消すと部屋は暗闇と静寂に包まれる。 和人は床に寝そべったままずっと物思いに耽っていた。何か春菜の姿に重なる物がある気がするのだ。彼女は何かを隠している。それだけはもう確信できた。 その秘密が、自分にとっても重大な事となるのだろうか?そもそも彼女は何者なのだろうか?一度思考が入るとその事を延々と考えてしまう。 しかしそんな思考の奥に、その秘密を知った時に全てが崩れてしまうような気がしてならなかった。根拠も確信も無いが心は確かに警鐘を鳴らしている。 そんな複雑な心境も、やがて眠気の訪れにより意識と共に堕ちて行った・・・ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 翌日、日曜日。最も怠惰な目覚めだ。昨日のようにばきばきと体を鳴らしながら上体を起こす。天気は晴天、何ともすがすがしくもあるが、逆にそれがほんわかとやる気を奪う。 ベッドの方に目をやるがまだ春菜は寝ているようだ。近寄ってみるとすやすやと穏やかな寝息をたてている。時折小さく可愛らしい鼻がひくひくと動いているのが分かる。 今度は時計に目をやると既に針は9時を回っていた。寝すぎたか?「寝すぎは体によくないな、うん。」一人自分を納得させるように言うと布団に手をかける。 そのまま一気に布団を剥が、そうかとも思ったが思い留まると春菜の肩を軽く揺さぶる。「おーい、そろそろ起きろ。」「んん~~、和人さん?ふぁ、おはようございま~す。」 まだちゃんと起きていないのか、何ともぽけぽけな挨拶をしてくる。まぁそれはそれで可愛いのだが・・・「そろそろ飯食わないと、昼食えなくなるぞ。」「ご飯ですかぁ?」 ぴくりと鼻を反応させる。それから電気が流れスイッチが入ったかのようにびくりと体を震わし勢い良く起き上がる。「はぁう!和人さん・・・おはよう御座います。」 「ああ、おはよう。それより飯食おうぜ?」「はい。」そうして二人、部屋を後にし食卓へとつく。母さんが用意しておいてくれた様で軽く暖めるだけで食べられた。 軽い食事を済ますと春菜が俺の元へとやってきた。「和人さん。」「ん?」「和人さんは、自分の望みが絶対に叶わないとしたらどうしますか?」「え?」「あっ、変な事を聞いているのは分かってます、でも・・・」 俺は直感的にそれが春菜自身の事であるのではないかと思った。「詳しく聞かせてくれないかな?」「はい・・・自分の望みが叶わない、いえ、何と言うか・・・望みを叶える事で望みが絶たれてしまう、と言う感じでしょうか?」 春菜自身も何といっていいのか分からないのか、例えが全く理解できない。言っている事は完全に矛盾していた。だとすると、その矛盾こそがきっと問題なのだろう。 「例えば、例えばですよ?好きな人とめぐり合って愛し合うことで、その人と別れなければならない、としたら・・・」後半はもう声になっていなかった。消え入りそうに言う春菜自身もどこかへ消えてしまいそうな程に儚い。 「良く分からないけど、好きな人なんだろ?だったらずっと一緒にいれるように、何か方法を考える・・・かな?」「そう・・・ですか。」「ごめんな、全然大した事言えなくて。」 「いえ、良いんです。変な事聞いた私が悪いんです。」「別に気にしてないし、気にする事無いと思うよ。」「・・・はい。」すると、先程までの消え入りそうな表情からぱっと明るい表情に変わった。 そしてその眩しいばかりの表情で俺をじっと見ている。「ん?」何か言いたい事でもあるのかと思い訊ねると「いえ、やっぱり和人さんは優しいなと思って。」 「別にそんな事ないよ・・・」「優しいかどうか決めるのは本人じゃなく周りの人です。私が優しいって思ってるんだから和人さんは優しいんです。」「そうかな?」「そうですよ。」 えへんと胸を張って誇らしげに言った。「だから私は―――」「ん?」春菜が何を言ったのか、俺には聞き取れなかったが何かそのときの表情がとても艶っぽく切ないものに見えた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 昼食も済ませ陽気に誘われまどろみ始めた俺に春菜が声をかけてきた。目線だけをそちらへ向け続きを促す。「あの、和人さん。お散歩、しませんか?」「散歩?」 確かにこうも天気が良いと散歩日和とも言えよう。寧ろ女の子と歩くなどちょっとしたデートと言っても良いかもしれない。って・・・デートォォォ? 散歩なら気軽に、と思っていたが一度そう思ってしまうとなんだか快諾するのも躊躇われてしまう。しかしだ「あの・・・駄目ですか?」 その手法が男を惑わせると知ってか知らずか、瞳を潤ませ上目遣いで覗き込んでくる。「いや、別に駄目じゃないけど・・・」「良かったです。じゃあ行きましょう?」 ぴょんと軽く跳ねると身を翻して歩き出して行く。俺も立ち上がるとその横について歩き出した。 これと言って行く当てがある訳でもないのでぷらぷらとそこら辺を二人で歩く。しかし、こうしてのんびりと歩くなんて随分と久しぶりだ。 そよそよと頬を撫でる春風が心地よくてこういうのも良いものだなと思う。そして隣には女の子が居る。これ程良い事は無いだろう。 その春菜も辺りをきょろきょろと見ながら嬉しそうに表情を綻ばせている。「どうした?」「いえ、なんだか楽しくって。」「別に、ただ歩いてるだけだろ?」 「それでも楽しいんです。それに、なんだか何時もと景色が違って見えて新鮮です。」「ここら辺は記憶にあるのか?」「はい。」「でも景色なんて変わらないだろ?」 「違いますよ・・・」ぽそっと呟いたその言葉はとても静かで感慨深い雰囲気を込めていた気がした。「まぁ楽しいなら良かったよ。」「はい。そうですよね!?」 すぐにるんと表情を明るくさせ明るい笑顔を投げかけてくれる。そんな表情にどきりとしてしまった。「あの・・・どうしました?」「いや・・・」笑顔に見とれてしまった、なんて言えやしない。 「和人さん。」「ん?」「さっき言ってましたよね?ただ歩いてるだけなのに楽しいのかって。さっき言ったのもありますけど、和人さんと一緒なのが一番の理由です。」「っ!!」 その時の俺はきっととても顔が赤かった事だろう。吹き付ける風でも冷やせない程に真っ赤に熱せられた顔を背け「そんな事―――俺も楽しいよ。」 そんな事言うなよ、と言おうとしたが何となくそれは憚られた。何故だろう、分からないけれど今は素直にならなければ、今ならならなければいけないような気がした。 「じゃあこの楽しい時間がもっと続くように祈ってて下さい。私も勿論祈ってますから。」「あぁ、そうだな。」春菜に言われるまでも無く、この時間が何時までも続けと思っていた。 しかしそんな願いが叶う事は無いとその時の俺は知る由も無かった。知ったとしてもどうする事も出来なかった。いや――― 知った時が終わりの時だったんだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 吹き付ける風が肌寒く感じられるようになった。あれからもずっとどこに行くでもなく所々を転々としている内に当たりは薄暗く夕に包まれていた。 その間何とはない話に花を咲かせたり特に何を話す事もなく二人歩いたりした。それはとても楽しく夢のような時間だった。 「そろそろ帰ろうか?」「そうですね・・・」春菜は少し歯切れが悪そうに言った。「春菜?」「いえ、何でもありません。」「そっか。」 それから二人はゆっくりと夕に染まる道を長い影を並べて歩いた。やがてあの桜並木に辿り着いた。美しい朱色の夕日を背景に栄える桜が何とも美しく幻想的だった。 風が吹きざわざわと桜がざわめく。数枚の花びらが散りきらきらと日を受け輝きながら地へと落ちてゆく。「綺麗だな。」「綺麗ですね。」俺達は綺麗と言う意外にその景色を形容出来なかった。 しかし春菜のその瞳には美しさではなく憂いが映り込んでいた。「和人さん。」「ん?」「こうして和人さんと並んで歩けるなんて、夢にも思ってませんでした。」 春菜はぽつりと呟く。俺はそんな台詞だけを見れば幸せそうな場面にももうそんな気分にはなれなかった。何かおかしな点がある。見逃している何かがある筈なのだ。 それは春菜の言い方が余りにもおかし過ぎるから。まるで別れを前にしたような物言い、そして何よりずっと前から知っていたかのような彼女の言い方。 「君は・・・」「私、今までずっと一人ぼっちでした。頼るものも無くて生きる術も知らなくて、ある時私はとうとう限界が来たのか今にも倒れてしまいそうでした。 でもそんな時、一人の人が私を助けてくれたんです。私を必死に抱えて走ってくれて・・・少しの、ほんの少しの間でしたが私の面倒を見てくれました。そしてそんな ほんの少しの間に私はその人が好きになってしまったんです。でもそれは叶わない物だった、決して。私に初めて訪れた暖かい時間はあっという間に終わりを告げました。 私はまた一人ぼっち。いえ、きっと今まで以上につらい孤独に苛まれたと思います。今までは孤独の辛さも知らなかったから。でもその人の事が好きになって私は孤独を知った。 嫌われたくないと、愛されたいと。そしてそのために変わりたいと、来る日も来る日も願いました・・・」 遠い思い出を語るようにぼぅっと、流れる桜を捉えながら春菜は続ける。「ある日私は自分の中からその強い想いが膨れ上がってくるのを感じました。とっても苦しくって、 私は自分を支える事が出来ず倒れました。また逢えるとも分からないその人に、次に目覚めた時に逢えるように願って・・・そして本当に出逢ったんです。 そして私はまたその人に助けられました。その時はとても吃驚しました。そしてもっと吃驚した事がありました。それは私が・・・」「何を言ってるのか分からないよ!」 俺は思わず声を上げた。その台詞を彼女から聞くのが辛かったから。認める事が怖かったから。「本当はもう和人さんだって分かってる筈です。私が、 今和人さんの目の前に居る私が本当の私じゃないって事は。」決定的なその言葉を聞いて俺の膝はがくりと力を失った。立っているのもやっとの状況で まるで夢遊病患者のように無意識で虚ろに口を開いた。「それじゃあ君はやっぱり、ハルナなのか?」「はいそうです。私はハルナです、和人さん。 あの時も今も、私を拾ってくれたのはあなたです・・・」 後編へ |